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創作と現実の距離感

 小説や映画、創作物は全てが現実の人間が作り上げたもの。宗教、神話だってそうだ。結局、人間の視点から作り上げられたものだ。サイエンス・フィクションやファンタジーものですら、結局は人間の主観を加工して作られた産物に過ぎない。結局、人間が感じて理解できる範囲内での表現でとどまっている。「人間」という言葉のには、多種多様な民族的・社会的文化、更に言えば「個性」まで絡んでくるので、一概に定義付けられるものではない。
 しかし、人間には共通観念がある。死は怖い、異性を慈しむ、痛いのは嫌だ、食べるのが好きだ、飢えるのは苦しい、未知のものに好奇を抱く、未知のものに畏怖を感じる・・・などなど。それそれの共通観念に対するアプローチの仕方は人それぞれだが、結局、創作というものは、そういう人間が共有している共通観念を活かして、現実の世界から感じ取れる何かを、作品という形で具現化しているに過ぎない。
 作品に描かれた人物や要素は、結局作者である「個人・人間」が感じ、解釈したものの慣れ果である。完全なおもちゃみたいなエンターテイメント作品であろうとも、作品そのものは、人間が愉しいと感じる要素を「共通観念」から取捨選択し、加工している。と、思う。

 上記全ては、創作を批判する意味で書いたのではない。個人的には、上記のように「共通観念」を深く咀嚼したうえで作られる作品こそ、作るに値する・読むに値する作品だと考えている。
 結局、作品は作者のものだが、公開すれば、それは受け手のものとなる。受けての主観によって、作品は解釈される。作者というのは、仮に作品の中に存在していたとしても、畢竟、「作品の解釈の材料」程度にしかならない。創作の中で、共感や感動を産むシーンは、究極のところでは、人間の本能に根ざしていつつ、「表現する」という理性的な行動で描かなければならない。

たぶんね。少なくとも自分は、そうやって創作をしていきたい。
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つぶやきちゃん

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